Teen Town Blues #4

午後の自由が丘は人でごった返していた
ミシムは高校時代からの友人である小宮と待ち合わせたカフェに入ったが満席で席が空くのを待っていた
店の入り口にある柱に寄りかかり目を閉じサカモトのドラミングを脳内に流してリズムをとり他の楽器や言葉をイメージしていると肩をポンと叩かれ我にかえった

オールドリーバイスのデニムにサンダル、スカイブルーのソニックユースティーシャツにもかかわらず蝶ネクタイをしている
髪は黒く両サイドを短く刈上げモヒカンではないが1980年代初頭にヴィヴィアンウエストウッドのモデルにもなったBOW WOW WOWのギターの人みたいだ。
一つ一つのチョイスは良いのだがトータルすると無茶苦茶なファッションセンスだ
「お待たせ」… 小宮だった

床はペルシャ絨毯風なカーペットが敷き詰められ二人にはちょっと大きめな一枚の木で組み立てられた釘を使用していないテーブルが用意された
アイスクリームみたいに溶けそうな暑さだったためかお互いに「とりあえずビール」とハッピーアイスクリームしたので笑ってしまった

小宮はIT系ベンチャーである程度成功し子会社も含めると4〜5社の代表でもある
渋谷区の桜ヶ丘の高層マンションに一人で住み今では時間の融通もきく
お互いに尊敬してはいるがカッコイイとは思っていない
十代の頃の関係というのは不思議なもので社会的な価値観をチャラにする下地のようなものがある

長い付き合いでも濃厚な時間がなければ核心を突く話にはならないが多感な時期を過ごした仲間ならではの言葉にせずとも通じ合う呼吸にも似た空気は失われないものだ
この時期に体験したことは誇張されたり湾曲したりもするが一生忘れないことが多くその後の人生を大きく左右する
ただお互いに笑いたいだけなのだが女性のような頭の回転と違い男達は回りくどい話をたくさんする

この日もそうだ
お互いの近況報告を始め社会情勢、政治から思想に至るまでユーモアを交えながら意見交換をした
勉強になった気もしたがそれはほとんどが気のせいのような気もする
ミシムには人生にとって大切なことはほんの僅かだということを知っていたしそのどうでもいいことが豊かさを育むことにも気づいていた

すっかり夜になりディープな街が顔を出し始めると遊びも好みのお店も変わる
小宮と別れ彼は渋谷にある小さなお店に立ち寄った
そこではアナログ盤でTalking HeadsのRemain In Lightがほどよい音量で流れていた
強靭で繊細なリズムにループされたようなミニマルなリフレインが繰り返される
お酒のせいもあるだろうがサカモトのリズムが脳内でリンクした

マスターとロックの話をしていると知った顔が二人で入ってきた
「ウィース」とお互いにハイタッチした
そろそろ帰ろうと思っていたがもうひと笑いすることにした
きっと楽しい夜になるだろう

Teen Town は眠らない

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Teen Town Blues #3

am9:30ピッタリにiPhoneの電話のベル音が鳴った
近所に住むナタリーという一人暮らしの73歳のお婆ちゃまからだ
「何かあったの?」
ミシムは二日酔いの頭をフル回転させて様々なことを想像したが彼女のハッハッハッハッ…という笑い声でホッとした
「あんたねぇ、約束忘れたの?」
そういえばちょっと前にばったり出くわした時に興味のありそうな本をいただくことになっていたのだ
彼女は画家、亡くなったお爺ちゃまは書評家だったので1Fはアトリエ2Fは書庫だ
もう2Fに上がる体力もないからほとんどの本を街の図書館に寄贈するそうだ
好きな物をあげるから午前中においでと言われた日だったのだ
急いで顔を洗い徒歩で2分ほどの彼女の家のインターホンを押した

ドアを開けると絵具の香りが充満するアトリエがあり壁や床は飛び散った色で彩られ自然なアート空間になっている
さりげなく置かれたアルパーと思われるモダンな椅子に通され座っていると日本茶と羊羹をを「どうぞ」と薦められた
そのギャップが日本人の僕には妙に可笑しく思わず笑ってしまったが彼女は不思議そうな顔をしていた
軽い話の後、お年寄りには急勾配の階段を上り本を眺めた
床が抜けてしまうんじゃないかと思えるほどの小さな図書館のような部屋は中古レコード店のような透明感のある香りがした
ミシムには題名さえ読めないような本が乱雑に散らばっていて眠気の覚めない脳は吉本隆明のようなポピュラーなものを7冊ほど選んだ
時代を超えた宝物がおそらく数えきれないほどあったのだろうが彼にはとても難しく思えたのだ

一頻り目の保養をした頃には昼時になっていた
ランチに誘われたが夕方には重いベースを担いで出なければならない
それまで少しでも眠り頭をスッキリさせて現場に向かいたかったので「このお礼はまたさせていただきます」と云った
彼女の悲しそうな表情に心が痛んだが、とても現実的でないリハーサルのメニューを考えると致し方無かった

今夜は至る所で花火大会がある
その予行練習であろう空砲の音を聞きながら家の玄関を開けた
500ccのビールを開けいただいたばかりの本を広げていたら自然と眠りについた
目を覚ました時の現実感はとてもリアルで慌てて近くにあったジーンズとラモーンズのティーシャツを着てスタジオに向かった

今夜はどんな音色を奏でられるのだろう
音は瞬間を切り取っていく
それは「生きる」こととよく似ている、そんなことを考えながら駅に向かった

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Teen Town Blues #2

帰宅したミシムは強い陽射しに焼かれて真っ赤になった腕の瘡蓋が剥がれないように注意深く汗まみれのティーシャツを脱ぎシャワーの蛇口を全開にして40℃に設定された湯を頭から浴びた
シャンプーがこめかみから頰をつたい唇の端に苦い味覚を感じたが以前飲んだ薬に似た味なので体に悪いと思いながらもシャワーを浴び続けた
体も心も浄化しながらサカモトの叩き出す上手いとか下手とかそんな次元では語れない「音」を考え続けた
言葉でしか伝えられない音楽には不自由と屁理屈と嘘っぽい影が見え隠れしている
そんなストレスが魔法をかけられたように洗い流されていく不思議な現象に心地良さを感じながら…

バスタオルで軽く身体を拭い裸の肩に掛けたままハービーハンコックのヘッドハンターズをCDラックから手に取りステレオの電源を入れ大音量で鳴らした
オートワウを駆使したポールジャクソンのフェンダーベースのシンプルなリフレインがアルバムのオープニングだ
ミシムは両腕の肘を交互に摩りながら小さく嗚咽した
この何年もの間に彼を襲った忌々しく哀しい出来事がたった2~3分の間に脳内を駆け巡ったのだ
サカモトには云わなかったが彼はベースプレイヤーだった…いや、現在もそうなんだろう…

それはある日突然彼を襲ったわけではない
十数年前のある日気づいたのだ
それまでも握っていたピックをポロポロと落としていたし指がつりそうになることもあった
指先だけが落雷に遭遇し500Wの電流を通したような痺れもあった
それでも連日のライブパフォーマンスの疲労だと思うように努めたのは心が折れることを嫌ったのだ
人生において起こってしまったことは受け止めるしかない
行きたくはなかったが病院に行って精密検査を受けた
両肘が細い血管と神経が複雑に絡み合っている重い肘部管症候群で切開手術を勧められたが100%の完治は難しいし一年間は何もできないというので言葉を選び丁寧にお断りした
血液をサラサラにする薬をいただき東洋医学の病院を探し今でも定期的な治療を続けている

ほとんどワンコードで進行する曲群は時間軸を忘れさせ心の痛みを緩和してくれた
ベースのリフレインに絡みつくハービーメイスンのドラミングは16ビートのリズムが持つファンキーな要素を的確に表現している
ポリスのスチュアートコープランドはこのハイハットワークをかなり研究したに違いないなどと連想させる
アルバムを聴き終わる頃にはいつもの彼に戻っていた

今夜はリハーサルだ
迷うことなくフェンダーのプレシジョンベースをケースに入れた
スタジオでいつもの仲間といつものように挨拶を交わし8ビートの曲をプレイした
ミシムは昔とはまったく違うスタイルのベースをプレイしていることに戸惑うこともなく淡々としている
そんな楽観性は成熟よりティーンネイジャーのような若々しさを保とうと容姿を変えていくこの街のおかげだ
建造物も音楽も絵画も洋服も学校も会社もそして政治も未成熟の是非を試行錯誤しながら歩んでいる
いつかはツケが回ってくるであろうことも住人は承知している
それは彼も同類でタイトロープを渡っているようなこの街の行く末にスリルを味わい、生きていくために嗅覚を磨きアンテナを張り続ける

ティーンタウンは孤独の街だから…

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Teen Town Blues

ミシムの住む東京郊外にある住宅地の一角には小さな飛行場がある
その昔には現在の府中市、調布市、三鷹市を含む広大な旧米軍施設「調布関東村」の敷地で治外法権の米国領土だったのだろう
彼はそんなことは知らないし興味もない
ただぽつんとあるアメリカンスクールまでの建造物のない道に疑問を感じ飛行場が見渡せるプロペラカフェはお気に入りの場所だった

スタジアムから東京外国語大学の先まで一直線に北に伸びる道の途中に小さなワゴン車を止めドラムセットを組み立て叩きまくっている青年をたまに見かけた
その日も太陽は燦々と輝きコンクリートの路面は熱を反射させ上半身裸の彼は飛び散る汗などかまわず一心不乱にビートを刻むというよりリング上のボクサーのようにドラムセットと格闘している
ミシムは「たいへんなこった」と思いながら通り過ぎようとしていたのだが「お〜い」と大きな声で呼び止められた

彼はサカモトと名のり「何回か通り過ぎてるけど外大?」ミシムは首を横に振り「散歩コースなんだ」と答えた
「君、何か楽器ができないか?」と尋ねてきたので「俺は怠け者なんだ」と応えた
「ふ~ん、でもそういう奴ってPCが得意でネットばっかりやってんだろ? そんな感じには見えないけどね」と勝手なことを言い始めた
止まりそうもない彼の話は音楽から始まりそのジャンルや社会や経済や政治、果ては宇宙の話にまで広がった
ミシムにはほとんどがどうでもいいことだったが「限界まで叩くことで自分が自分でいられる気がするんだ…どこまでが限界か分からないけどね」と言ってジャマイカンのように笑った顔が素敵だな、と思った

近くの飛行場からはブリテン ノーマン式のプロペラ機が飛びたった
その風景は二人の行く末を暗示しているかのように見えたがサカモトは「うるせえなぁ」と言ってまたドラム椅子に座りアフリカンビートのようなリズムを叩き始めた
ミシムは目で「またな」と合図をして帰路についた
帰宅したらハービーハンコックのヘッドハンターズを聴こうと決めた

さりげない出会いは時として複雑に絡み合った自分の一部を知る鏡になる

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