Teen Town Blues #2

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帰宅したミシムは強い陽射しに焼かれて真っ赤になった腕の瘡蓋が剥がれないように注意深く汗まみれのティーシャツを脱ぎシャワーの蛇口を全開にして40℃に設定された湯を頭から浴びた
シャンプーがこめかみから頰をつたい唇の端に苦い味覚を感じたが以前飲んだ薬に似た味なので体に悪いと思いながらもシャワーを浴び続けた
体も心も浄化しながらサカモトの叩き出す上手いとか下手とかそんな次元では語れない「音」を考え続けた
言葉でしか伝えられない音楽には不自由と屁理屈と嘘っぽい影が見え隠れしている
そんなストレスが魔法をかけられたように洗い流されていく不思議な現象に心地良さを感じながら…

バスタオルで軽く身体を拭い裸の肩に掛けたままハービーハンコックのヘッドハンターズをCDラックから手に取りステレオの電源を入れ大音量で鳴らした
オートワウを駆使したポールジャクソンのフェンダーベースのシンプルなリフレインがアルバムのオープニングだ
ミシムは両腕の肘を交互に摩りながら小さく嗚咽した
この何年もの間に彼を襲った忌々しく哀しい出来事がたった2~3分の間に脳内を駆け巡ったのだ
サカモトには云わなかったが彼はベースプレイヤーだった…いや、現在もそうなんだろう…

それはある日突然彼を襲ったわけではない
十数年前のある日気づいたのだ
それまでも握っていたピックをポロポロと落としていたし指がつりそうになることもあった
指先だけが落雷に遭遇し500Wの電流を通したような痺れもあった
それでも連日のライブパフォーマンスの疲労だと思うように努めたのは心が折れることを嫌ったのだ
人生において起こってしまったことは受け止めるしかない
行きたくはなかったが病院に行って精密検査を受けた
両肘が細い血管と神経が複雑に絡み合っている重い肘部管症候群で切開手術を勧められたが100%の完治は難しいし一年間は何もできないというので言葉を選び丁寧にお断りした
血液をサラサラにする薬をいただき東洋医学の病院を探し今でも定期的な治療を続けている

ほとんどワンコードで進行する曲群は時間軸を忘れさせ心の痛みを緩和してくれた
ベースのリフレインに絡みつくハービーメイスンのドラミングは16ビートのリズムが持つファンキーな要素を的確に表現している
ポリスのスチュアートコープランドはこのハイハットワークをかなり研究したに違いないなどと連想させる
アルバムを聴き終わる頃にはいつもの彼に戻っていた

今夜はリハーサルだ
迷うことなくフェンダーのプレシジョンベースをケースに入れた
スタジオでいつもの仲間といつものように挨拶を交わし8ビートの曲をプレイした
ミシムは昔とはまったく違うスタイルのベースをプレイしていることに戸惑うこともなく淡々としている
そんな楽観性は成熟よりティーンネイジャーのような若々しさを保とうと容姿を変えていくこの街のおかげだ
建造物も音楽も絵画も洋服も学校も会社もそして政治も未成熟の是非を試行錯誤しながら歩んでいる
いつかはツケが回ってくるであろうことも住人は承知している
それは彼も同類でタイトロープを渡っているようなこの街の行く末にスリルを味わい、生きていくために嗅覚を磨きアンテナを張り続ける

ティーンタウンは孤独の街だから…

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