男が切る時

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その昔、女性は‘失恋すると髪を切る’と言われていたけれど、
きっと…
気分を変える→生まれ変わる
という意志の現れだよね。

高校生時代、停学になったクラスメイトが頭を丸めて復学したけど先生の指導方針だったのかな?
AKB48でもそういったことがあったらしいね。

そういえば仏門に入る時にもそういった儀式は行われる。
仏教では髪は欲望や煩悩の象徴とされる。
取り除いても次から次へと芽生えるそれらを律する為に剃髪するのだ。

「律」(という響き)にある種の「美」を感じるのは僕の祖先が仏教徒だったことと関連性があるだろう。
また、自分自身が律しきれないもどかしさもある。

「律」は夢や願望の賜物だ。
それは誤解を生む時もあるが努力もさせてくれる。
明日のことを考えさせてくれるのだ。
一流と呼ばれるスポーツ選手や科学者(有名無名不問)だけではなく、
僕が素敵だな!と思う人は自分の中に良き習慣を持っている。
そこで「付き合いが悪いな…」とか言われてしまう場合もあるがそうではない。
例えば持って生まれた美貌(ここでは才能としましょう)を磨く為に女優さん達はどんなことをしているでしょう?
イチロー選手は生まれながらの天才でしょうか?
以前チームの優勝のインタビューを受けていた時に「嬉しくて深夜2時過ぎまで飲んでしまいました。」と言った。
これだけ聞いても彼がどれだけ自分を律することが習慣化されているのかが分かる。
僕のような名も無いミュージシャンの周りでも「ロックだから…」とか言っている人はそこまでだな、と思う。
ロックの定義は曖昧だし自分を持っている人はそんなことは言わない。
スタジオに入っても音楽スタイルの違いがあるから面白いのになぁと感じる。
一般生活が立派だったらイイけどね。

「律」のもう一つの長所に記憶というキーワードがある。
本来、僧侶は伝道師の役割りも背負っていた。
人というのは伝えているうちに話が大きくなったり捻じ曲がったりしがちだ。
そこには、「飽きられたくない」という欲求があるからだ。
そしてそれはその人の中の真実となり記憶される。
伝道師に感心させられるのは毎回同じ話を繰り返し、似た話を受け入れることができるところだ。
これは、ただフラットな精神状態では難しい。
律する自分がいなければ成り立たないのだ。

そういった意味でつい先日公表されたローマ法王の辞任はショッキングな出来事だった。

髪に纏わる話に戻そう。
男が髪を切る時…

…とくにありません(レインメーカー風)

まっ、自分に限りますが(笑)

☆鈴木マサミ☆
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